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お寺・神社|
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古寺めぐりコース ( こじめぐりこーす)

(市街地) 全長約2km、徒歩で約3時間の石畳のこみちです。JR尾道駅そばの持光寺〜東は海龍寺まで旧尾道市内の主だったお寺や神社のほとんどがこの沿線上にあります。坂道あり、階段ありのこのこみちを歩いて、尾道を感じてみませんか?
大山神社 (おおやまじんじゃ)

(因島) 宝亀4(773)年、大三島の大山祗神社より分霊、創建されたと伝えられていて、因島最古の神社とされています。主祭神は大山積大神。また「せとうち七福神」の1番「だいこく」2番「えびす」が祀られていて、大きな宝船があります。境内にはほかに子宝や病気平癒などの願掛けのため穴が掘られた「ひょうたん手水鉢」もあります。
海龍寺〔真言宗〕 (かいりゅうじ)

(市街地) この寺は、鎌倉時代には浄土寺の曼荼羅堂と呼ばれていました。正中2年(1347)に炎上後、直ちに再建され、寛文2年(1662)には現在の名に改められました。山門を入った右側には江戸時代の人形浄瑠璃家「文楽」「竹本弥太夫」の墓があり、「お経の塚」に触れることで技芸が上達すると言われています。
耕三寺・耕三寺博物館〔浄土真宗〕 (こうさんじ・こうさんじはくぶつかん)

(瀬戸田) もと実業家の耕三寺耕三氏が母の菩提寺として建立したお寺。堂塔はいろいろな国宝建造物を手本として建てられ、内15棟は国登録有形文化財に登録されています。そのお寺の境内一帯を博物館として公開しています。境内の各展示館には仏教・茶道・近代美術の名品を展示しています。また現代美術の大理石庭園「未来心の丘」は必見です。
光明寺〔浄土宗〕 (こうみょうじ)

(市街地) 承和年中(834〜847)、円仁和尚の草創といわれています。元々は天台宗のお寺でしたが、1336年に浄土宗に改宗されました。室町時代には村上水軍の信仰を集め、1588年、豊臣秀吉の「海上鎮圧令」により武士を捨て回漕問屋へと生業を変えた後も檀家として寺を支えました。またこの寺には尾道ゆかりの第12代横綱・陣幕久五郎の墓があり、彼を顕彰した手形付きの記念碑があります。境内下には地面を這うように枝を伸ばした「蟠龍の松」は市の天然記念物に指定されています。
光明坊〔真言宗〕 (こうみょうぼう)

(瀬戸田) 天平年間(730年頃)聖武天皇の勅願により、行基菩薩が開基建立したと伝えられています。境内には後白河皇女如念尼公、法然上人、松虫、鈴虫の墓碑と言われる「五輪石塔」や重要文化財の「十三重石塔婆(1294建立)」、天然記念物で白檀の霊樹伝説がのこる樹齢650年余りの「イブキビャクシン」などがあります。また「せとうち七福神」の第4番「びしゃもんてん」が祀られています。
西國寺〔真言宗〕 (さいこくじ)

(市街地) 天平年中(729〜749)、行基菩薩創建と伝えられています。西國寺の象徴でもある、長さ2mの草履の仁王門をくぐり、長い石段を登っていくと「金堂(国重文)」や足利六代将軍・義教の寄進と言われる「三重塔(国重文)」があります。また桜の名所でも知られ、桜のシーズンには多くのカメラマンがやってきます。
西郷寺〔時宗〕 (さいごうじ)

(市街地) 鎌倉時代末期の正慶年間、遊行六代一鎮によって開かれたと伝えられています。当時は「西江寺」と称されていました。本堂は文和2年(1353)に発願され、時宗最古式の本堂として貴重なものです。堂内に「泣き龍天井」があり、手を打つと乾いた音が帰ってきます。
持光寺〔浄土宗〕 (じこうじ)

(市街地) 石のまち“尾道”にふさわしい堂々たる構えの石の門が特徴的。国宝「絹本著色普賢延命像」があります。梅雨の季節にはあじさいが咲き誇り、別名「あじさい寺」と呼ばれています。また自分で粘土を握って仏を作る「にぎり仏」が体験できます。
浄土寺〔真言宗〕 (じょうどじ)

(市街地) 616年、聖徳太子の創建と伝えられるています。足利尊氏が九州平定や湊川の戦の際、戦勝祈願をした寺としても有名です。「本堂」「多宝塔」は国宝、「山門」「阿弥陀堂」は国重文、境内一帯は国指定文化財に指定されています。奥庭には伏見城から移築したといわれる茶室 「露滴庵(国重文)」が寂然と建っています。また「奥の院(浄土寺山展望台)」から見下ろす尾道の風景は尾道を代表する風景の一つです。
せとうち七福神めぐり (せとうちしちふくじんめぐり)

(因島) しまなみ海道沿線の七福神のお福を授かりながら、お寺や神社をめぐってみませんか?満願成就を目指してしまなみ海道を探訪しよう。
千光寺〔真言宗〕 (せんこうじ)

(市街地) 大同元年(806)の開基、境内から尾道の絶景が堪能できます。朱塗りの本堂「赤堂」や”日本の音風景100選”に選定された「鐘楼」は尾道のシンボル的存在。また境内にある大岩「玉の岩」があり、その昔、岩の頂に光る玉があり海を照らしていたとの言い伝えがあります。
尊光寺〔浄土真宗〕 (そんこうじ)

(市街地) 明暦3年(1657)浄泉寺祐綽の弟子、慶順の開基と伝えられています。市内では珍しい現代建築のお寺です。
大山寺〔真言宗〕 (たいさんじ)

(市街地) 別名「天神坊」と呼ばれ、延久年中(1069〜1074)頃の開基と言い伝えられています。境内には「日限地蔵」があり受験生からの信仰が篤く、受験シーズンには隣の御袖天満宮と共に多くの受験生が参拝します。また石造りの「五猿(ご縁)」がユニークです。
天寧寺〔曹洞宗〕 (てんねいじ)

(市街地) 開山は普明国師と言われています。貞治6年(1367)に足利義詮が建立した国重文の塔婆(海雲塔)があり、本堂左手の羅漢堂には五百羅漢の群像がズラリと並んでいます。五百羅漢堂は座禅堂にもなっていて、無料で体験することができます。(「詳しく」を参照)また「ボタン」や「しだれ桜」のお寺として有名で、春になると多くの花見客でにぎわいます。
宝土寺〔浄土宗〕 (ほうどじ)

(市街地) 裏庭には、開山上人融海の墓と伝わる古い五輪塔があります。また西の坊の墓地には、江戸時代に御所崎の沖に突出していた「浮御堂」の最後の住職・義順の墓があります。そのほかお寺の窯「無尽窯」も作られています。
妙宣寺〔日蓮宗〕 (みょうせんじ)

(市街地) 文和3年(1354)、大覚大僧正妙寛の開基と言われています。本堂の後ろには、加藤清正を祀る「清正堂」があります。また11月上旬〜3月下旬にかけ「冬桜」を楽しむこともできます。
岩子(いわし)島 厳島神社 (いわしじまいつくしまじんじゃ)

(向島) 境内は海まで白い砂浜が広がり、海の中には朱塗りの鳥居や灯籠が立っていて、夏には海水浴場としても賑わいます。本殿の軒下には忠臣蔵の赤穂浪士47士の描かれた勇壮な絵がずらっと並んでいます。また映画「男たちの大和/YAMATO」のロケ地となりました。(「詳しく」参照)
因島八十八ヶ所霊場 (いんのしまはちじゅうはちかしょれいじょう)

(因島) 島四国として因島一帯に八十八ヶ所の霊場が設けられていて総延長84km、所要約3日間の巡礼のコースになっています。旧暦の3月21日を中心に多くの参拝者が訪れます。《因島八十八ヶ所の起源は「詳しく」を参照下さい》
艮神社 (うしとらじんじゃ)

(市街地) 旧市内で最古の神社と言われています。境内に生えている楠は樹齢900年と言われ、幹の周囲は約7m。天然記念物にも指定されています。この境内では映画「時をかける少女」や「ふたり」のロケが行われたのをはじめ、最近ではアニメ「かみちゅ!」の舞台としても登場しました。
烏須井八幡神社(栗原八幡神社) (うすいはちまんじんじゃ)

(市街地) この神社の名前はその昔、神社の井戸を掘る際、地下より石とも木とも見分けがつかない臼のようなものが3つ出てきたことに由来すると言われています。また、一説には神功皇后の三韓出兵の際、烏が良水の湧く井戸を知らせたので烏須井と称したとも伝えられています。
沖の観音 (おきのかんのん)

(市街地) 尾道市の東部、浦崎町の沖に浮かぶ観音堂です。その昔、浦崎町が複数の島だった頃、このお堂のある島が「浦の崎」にある島ということから「浦崎島」と呼ばれており、今の町名の由来となりました。普段は海の中にありますが、干潮になると歩いて渡ることができます。
海徳寺〔時宗〕 (かいとくじ)

(市街地) 開基は弘安10年(1287)時宗の開祖 一遍上人が諸国遊行の途中、尾道に草庵を結んで念仏勧進されたのにはじまると言われています。時宗では尾道地方第一の古道場です。昔は現在の久保3丁目にあり、境内が広く、相撲の興行がよく行われたそうです。
海福寺〔時宗〕 (かいふくじ)

(市街地) 元応年中(1319〜1321)遊行二祖上人の弟子、但阿弥陀仏の開基といわれています。本堂の左手に「三つ首様」と呼ばれる珍しい墓があり、首から上の病を治すといわれ、お参りをする人が絶えません。《『三つ首様伝説』は「詳しく」を参照ください》
覚明神社 (かくめいじんじゃ)

(向島) 元暦元年(1184)、信濃源氏の武将である木曽義仲(源義仲)が江州栗津ヶ原で敗死した際、大夫坊覚明は義仲の子である義重と家臣30名余りを伴って現在神社がある覚明島(現:向島・川尻地区)に移り住みました。移住後、寺社の再建・土地の開墾・治水灌漑などに尽力した後、家臣らの自立を見届けた覚明と義重は信州へと帰って行きました。この神社はその覚明や、木曽義仲、義重を祀ったものです。
亀森八幡神社 (かめのもりはちまんじんじゃ)

(向島) 宝亀元年(770年)、現在の向島・兼吉地区に山陽道巡察使 藤原百川豊前国宇佐宮の御分霊を勧請したことに由来する神社です。1月14日に開催される「とんど祭」、10月第4金曜日に開催される「オハキ神事」は、尾道市無形民俗文化財に指定されています。境内にある「除虫菊神社」は除虫菊を日本に紹介し、当地で栽培を奨励した大日本除虫菊(株)初代社長・上山英一郎が祀られています。
冠天神 (かんむりてんじん)

(向島) 901年に菅原道真が大宰府に流される際、ここに訪れ、境内にある大岩にかぶっていた冠を置いたとの言い伝えが残っており、そのことが名前の由来となっています。そのほか1900年に勃発した「義和団の乱」で使用された砲弾が残されています。
吉備津彦(一宮)神社 (きびつひこ(いっきゅう)じんじゃ)

(市街地) 尾道では「一宮(いっきゅう)さん」として親しまれています。毎年11月3日に行われる「ベッチャー祭」は秋の尾道を代表するお祭です。
熊箇原八幡神社 (くまがはらはちまんじんじゃ)

(因島) 鎮座 仁和3(887)年。熊野大権現12神をはじめ多くの神々が祀られていて、因島の総氏神として崇められています。境内にある立派な土俵では毎年10月に奉納相撲大会が行われ、島内の子供や大人の力士による熱戦が行われます。
向上寺〔曹洞宗〕 (こうじょうじ)

(瀬戸田) 室町初期建立の曹洞宗のお寺です。潮音山の山頂にある国宝三重塔は、永享4年(1432)に建立されたもので、全体の高さは19mあります。和様唐様の混合様式で内部全体にも極彩色が施され、室町初期で最も美しく優れているものの一つに数えられています。日本画壇の巨匠 平山郁夫画伯も幼少のころよく遊ばれたそうです。
金剛院〔真言宗〕 (こんごういん)

(市街地) 西國寺の傑僧・慶鑁(けいばん)の開基と伝えられています。境内の裏には石で作られた三体の天狗の顔(重軽天狗)があり、これを願いをかけながら持ち上げ、軽く持ち上げることができると願いがかなうという言い伝えがあります。ほかにもお堂の中には「カラス天狗」のお面もあります。
金蓮寺〔曹洞宗〕 (こんれんじ)

(因島) 因島水軍城のふもとにあり、中世、瀬戸内で活躍した「村上水軍」の菩提寺です。境内の墓所には村上家やその家臣の石塔、また明治維新の元勲 鴻雪爪(おおとりせっそう)の墓もあります。また因島八十八ヶ所霊場第11番札所「藤井寺」があります。
西提寺〔曹洞宗〕 (さいだいじ)

(向島) 向島にある近代建築のお寺です。本尊は国の重要文化財に指定されている「聖観世音菩薩」。
済法寺〔曹洞宗〕 (さいほうじ)

(市街地) 宝暦3年(1753)広島国奉寺11世笑堂の開基と言われています。境内の山中の岩には釈迦や十六羅漢像など二十六尊者の石仏が刻まれています。またこの寺の9世物外(もつがい)不遷は「柔術不遷流」の開祖で多くの弟子を抱え、晩年は幕末動乱の中、平和を願い奔走し旅中に果てました。武術の他にも多くの俳句や書画を残し「拳骨和尚」として親しまれています。物外の逸話はをご覧下さい。
照源寺〔浄土真宗〕 (しょうげんじ)

(御調) 備後真宗三大寺院の一つに数えられています。寺のシンボルにもなっている鎌倉時代の等身大の涅槃像は、寄木造りで黒漆金箔、玉眼入りで写実を帯びていてふくよかな慈顔が印象的です。涅槃像で彫刻のものは大変珍しいものです。【現在移転工事中につき公開はしておりません(公開日未定)】
正授院〔浄土宗〕 (しょうじゅいん)

(市街地) 応永元年(1394)の開基と伝えられています。もとは禅宗のお寺でしたが、住職・信誉が浄土宗に改宗しました。境内には市重文の「石造常念物五万日廻向塔」や「家光念持子安観音座像」などがあります。
正念寺〔時宗〕 (しょうねんじ)

(市街地) 時宗のお寺で、天正2年(1574)、遊行三十一代同念上人の開基と言われています。全国的に珍しい半跏坐木造の「阿弥陀如来像」や等身大の「延命地蔵菩薩像」があります。また境内には尾道随一の名水が湧く「延命井」があり、ポリタンクを持った地元の人が通っています。
信行寺〔浄土宗〕 (しんぎょうじ)

(市街地) 建保2年(1214)、浄土宗第二祖の聖光が開いた寺で本尊は阿弥陀如来です。元は向島に草庵を結んで住み始めたのがはじめと言われています。正面石段の左側には「尾道志稿」の著者である油屋・亀山士鋼の墓があり、右側には幕末維新のころ、尾道〜大阪間の船使を開いた回船問屋 竹内要助一門の墓があります。
慈観寺〔時宗〕 (じかんじ)

(市街地) 貞治元年(1362)慈観上人の開基と言われています。4月末頃、庭には一面に牡丹が咲き“ぼたん寺”として親しまれています。
持善院〔真言宗〕 (じぜんいん)

(市街地) 西國寺再興の傑僧・慶鑁(けいばん)の開基と伝えられています。再三の土砂災害に遭いましたが、そのたびに檀家や旦那衆などの協力により再建されました。お正月に配られる「干支の飾紙」は評判が高く、外国にまで送られるとか。
地蔵院〔曹洞宗〕 (じぞういん)

(因島) 因島八十八ヶ所の第24番札所「最御崎寺」があります。またお寺の墓地には江戸時代に碁聖として活躍した本因坊秀策の墓があり、囲碁ファンのお参りが途絶えません。
成願寺〔曹洞宗〕 (じょうがんじ)

(因島) 文安の時代、宮地大炊助明光が因島庄山方に開創した仏通寺は臨在禅寺であったと伝えられており、天正10(1582)年に現在の場所に中興されました。また元禄5(1692)年に曹洞宗に改宗しました。お寺には室町期の毘沙門天の小像と桃山期の重井毘沙門堂本尊の木像が祭られていて、法楽踊の古いのぼりが遺されています。春はサクラで有名です。境内には因島八十八ヶ所霊場第12番札所「焼山寺」があります。
常称寺〔時宗〕 (じょうしょうじ)

(市街地) 延慶2年(1309)、時宗第2世の他阿真教が諸国巡錫中、尾道にとどまり念仏弘通に勤めている際、霊夢を感じその地に生えていた榧(かや)の大木をもって一堂を建立したので榧堂と言われていたそうです。その後、焼失と再建を重ね、現在では山門と本堂の間に鉄道と国道が走り、山門は民家の中に残されています。また2007年には本堂や山門などが国の重要文化財に指定されました。
浄泉寺〔浄土真宗〕 (じょうせんじ)

(市街地) 天文12年(1543)の創建と言われています。浄泉寺のシンボル、大屋根の上には畳16枚くらいの大きさの鬼瓦があります。また、境内にある用水桶は4匹の鬼が担いでいるユーモラスな姿を見ることができます。以前は縁側が広く涼しいため「昼寝寺」として親しまれていたそうですが、現在は禁止されています。
住吉神社 (すみよしじんじゃ)

(市街地) 元文5年(1740)に尾道の町奉行に着任した平山角左衛門《名誉市民》は、翌年の寛保元年(1741)に住吉浜を築造し尾道発展の基礎を築きました。その際、浄土寺境内にあった住吉神社をこの住吉浜に移して港の守護神としました。毎年旧暦の6月28日前後の土曜日、平山奉行の功績を称えるためおのみち住吉花火まつりが行われます。
住吉神社(浦崎) (すみよしじんじゃ(うらさき))

(市街地) 尾道の東部、浦崎町にある神社です。社伝では神功皇后が風浪の難を逃れるため浦崎町の磯間に避け、住吉大神を祀ったことにはじまるとされています。また平安後期の大般若経1巻(市重要文化財)を所蔵しており、時代的な特色を良く伝えています。10月第2週の土曜日になると、町内の神楽団により夜神楽が奉納され、夜更けまで多くの人々で賑わいます。
善勝寺〔真言宗〕 (ぜんしょうじ)

(市街地) 天平時代(729〜749)、諸国に国分寺の建立された頃に開基されたと伝わっています。元は禅宗でしたが、慶長年中(1596〜1615)に性意法師によって中興し真言宗に改宗しました。本尊の聖観世音菩薩は「萩の観音」とよばれています。また境内には四国八十八ヶ所御砂踏霊場があり、各霊場の砂が埋めてあります。
善徳寺〔真言宗〕 (ぜんとくじ)

(因島) 真言宗のお寺で、本尊は阿弥陀如来坐像。このお寺は「はりこ大師」で有名で、大師像に参拝者がお札を貼り付けて行きます。その姿はまるで大きなミノムシのようでもあります。境内には因島八十八ヶ所霊場第33番札所「雪渓寺」があります。
善立寺〔浄土真宗〕 (ぜんりゅうじ)

(瀬戸田) 浄土真宗本願寺派に属します。参道にはずらりと剪定された松並木が続きます。また境内に根を下ろす樹齢550年のイブキビャクシンがひときわ目を引きます。
対潮院〔臨済宗〕 (たいちょういん)

(因島) 1608年、臨済宗伍通寺派のお寺として開山。対潮院はもともと村上水軍第2家老で小丸山城主、稲井勘解由の屋敷でした。屋敷の周りは周囲を堀や海、山で囲まれた要害になっていましたが、現在は埋め立てられています。本尊は如意輪観音で「瀬戸内三十三観音霊場」の第26番札所となっています。また境内には「せとうち七福神」の第3番「べんてん」や因島八十八ヶ所霊場の52番札所「大山寺」もあります。
垂水天満宮 (たるみてんまんぐう)

(瀬戸田) サンセットビーチの北側の小高い丘に建つ天満宮です。896年、九州へと向かう菅原道真が乗る船は生口島付近で嵐に遭い、島へ流れつきました。その際に世話になった人たちへ清水のありかを教え、村人がその場所を掘ったところ実際に水が湧き出たそうです。道真がこの清水が溢れ出る様子を唄にした中に「垂」「水」という言葉が含まれていたということからこの地名がついたのだとか。またこの天満宮のある丘はウバメガシの群生地となっていて昭和53年に広島県の天然記念物に指定されています。
長福寺〔曹洞宗〕 (ちょうふくじ)

(因島) 寛永2(1625)年、金蓮寺覚祐が土生町にあった長源寺の堂舎を移転し、長福寺と改め開山しました。本尊は聖観世音菩薩。寺の入口両側には大きな石像があり、境内には因島八十八ヶ所霊場第10番札所「切幡寺」があります。
福善寺〔浄土真宗〕 (ふくぜんじ)

(市街地) 天正元年(1573)行栄法印の開基と言われています。長い参道を上ってゆくと、立派な彫刻が施された山門があります。境内は中世の山城「丹花城」跡で、裏山の墓地には城主の親子の墓とされる「石造五輪塔(市重文)」があります。
法然寺(浄土宗) (ほうねんじ)

(瀬戸田) 慶長12年(1607)、一道上人開基。境内入り口には春になると立派な一本桜が咲きます。そして庭園には樹齢400年とも言われるツツジが地に根を下ろし、6月初旬になると枝いっぱいに花を付けます。
摩訶衍寺〔曹洞宗〕 (まかえんじ)

(市街地) 奈良時代に行基により開かれた法相宗のお寺でしたが、時代とともに改宗し現在では曹洞宗のお寺となっています。このお寺には重要文化財の十一面観音立像と千手観音文像があり、33年に一度公開されます。
見性寺〔曹洞宗〕 (みしょうじ)

(因島) 曹洞宗天海山見性寺・大永7年(1527)大旦那田中右近により創建されました。本尊は薬師瑠璃如来。境内には因島八十八ヶ所霊場6番札所「安楽寺」があります。
御袖天満宮 (みそでてんまんぐう)

(市街地) 学問の神様 菅原道真公を奉っています。その昔、菅原道真が京より大宰府へ流される途中、尾道へ立ち寄りました。その際に民衆に親切にしてもらったお礼に着ている服の袖を渡されたことに由来するそうです。受験生の信仰が厚く、受験シーズンには多くの受験生が訪れます。また最近では大林映画「転校生」の階段落ちのシーンのロケ地としても有名です。
密厳浄土寺〔真言宗〕 (みつごんじょうどじ)

(因島) 真言宗のお寺で本尊は阿弥陀如来像。このお寺には因島特産「はっさく」発祥の地の記念碑やその販路拡大に貢献した田中清兵衛の記念碑があります。
無量寺〔浄土真宗〕 (むりょうじ)

(因島) 太平洋戦争末期、三庄八区の捕虜収容所で無くなったのイギリス・韓国の労働者約30柱の遺骨を祀っています。
薬師寺〔真言宗〕 (やくしじ)

(瀬戸田) 天保年中(1644〜)法印快遍の創建。本尊の薬師如来は秘仏で50年に一度公開されます。境内には正和4年(1315)の銘が入った七重石塔婆や室町時代の板碑(共に市重文)があります。また約5kmに渡り整備された「一日四国」と呼ばれる遍路道を巡ることもできます。
八坂神社 (やさかじんじゃ)

(市街地) もともとは常称寺の境内にありましたが、明治時代の「神仏分離令」により、現在の地へ移されました。「三体神輿」で知られる『祇園祭』はこの神社の例祭で、毎年7月下旬に行われます。境内にある「かんざし灯籠」には悲しい伝説もあります。(備考参照)
山脇神社 (やまわきじんじゃ)

(市街地) 享保13(1728)年建立。尾道の夏を告げる「山王祭」(別名ゆかた祭り)が行われる神社です。この神社には「こま犬」の代わりにユーモラスな「こま猿」があります。猿は山王さんのお使いとされ、昔この一帯に山火事が起こったとき猿が騒ぎ民衆に知らせたと言う伝説があります。


























